すると翌日、何名かの設計者から、「大丈夫ですよ。お大事にしてください」という旨のメールがありました。元B部署のメンバーからのメールで、ちょっと意外でしたが、気持ちのこもった嬉しいメールでした。
カミングアウトメールには、こうなった原因の内容は書きませんでしたが、原因はわかっている、ということは書きました。
おそらく、彼らは原因を察しての返信だったと思っています。
さらに、アレックスに呼ばれ、メールのことについて、ちょっと話をしました。
アレックスにはこのような状態になった原因も含め少し話をしました。
昨日、ベンチュラ社のシミバレーに一時的に戻っていたフェルナンドが、
「マイケルが大変なことになっているようなので、今日は行く予定じゃなかったけど、ウッドランドヒルズに行った方が良いですか」と言っている、というのをアレックスから聞きました。
アレックス、フェルナンドが、こんなに気に掛けてくれていることに感謝しかありませんでした。
この話を聞いただけで、大きく救われ、涙が出そうでした。
その後は、アレックスが主導権を握るようになり、サミーとの接点が次第に減少し、
アレックスに守られながら仕事を進めることができるようになったことで、症状が徐々に改善していきました。
後からわかったのですが、診療所からの通知がかなり遅れてサミー部長に届いた、
というのをサミー部長から聞きました。
でも、通知が届いたのが遅かったのか、サミー部長がその通知を放っておいたのかはわかりません。
この時は、既に自分で解決しようとしていましたので、自分の中ではどうでもいい話になっていました。
残業しないで帰れ、というような言葉は無かった様に記憶しています。
この時だったかどうかが記憶が曖昧ですが、サミー部長は、サラ先生のことを次の様に言っていました。
「あの先生は、誰でもすぐに休職させるんだよねー」
こんな風に思っている人なので、診療所から通知が来ても、真剣には考えないのかもしれません。